Destroyers
| アイコン | 意味 |
| 戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
| 戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
| 映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
| 参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
| インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
| 不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※ロング・トン(long ton)は、帝国単位(ヤード・ポンド法)の質量の単位。2,240ポンド(lb)と定義され、正確に1,016.0469088キログラム(kg)に等しい。インペリアル・トン(imperial ton、帝国トン)とも言い、日本語では英トンとも呼ばれる。アメリカで使用されているショート・トン(short ton、2,000 lb、907.18474kg)に対して約12%大きく、メートル・トン(metric ton、1,000kg)に対して1.6%大きい。馬力には
メートル馬力(1PS=約735.5watt):メートル馬力は別名仏馬力とも呼ばれ、現在の日本を初め多くの国で採用されている。昔の日本馬力とはまた違うことに注意すること。
英馬力(1HP=約745.7watt):英馬力はヤード・ポンド法を使用する国で使われている。
公称馬力(Nominal Horse Power: NHP):機関の課税および売買上の目安として示される馬力。
図示馬力(Indicated Horse Power: IHP):機関内部で発生する馬力。別名指示馬力とも呼ばれる。
制動馬力(Brake Horse Power: BHP):機関外部に取り出すことのできる馬力。
軸馬力(Shaft Horse Power: SHP):スクリューを回す軸での馬力


- 基準排水量:2,584t~2,700t(2,543ロング・トン~2,657ロング・トン) 全長:127m 幅:12m 吃水:4.38m~4.65m 主缶:水管缶(重油専焼)6基 主機/軸数:ギアード蒸気タービン2基/2軸 出力:70,000仏馬力(51,000kW、69,000軸馬力) 速力:36.0kt 燃料搭載量:重油367t 航続力:19ktで2,600浬 兵装:150mm単装砲4基または連装1基+単装3基、37mm連装対空機関砲2基、20mm対空機銃5基~10基、533mm4連装魚雷発射管2基、爆雷投射機 4基 乗員:321名~335名
- ※1936A型
| 艦名 | NAME | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
| Z23 | Z23 | AG Weser (Deschimag), Bremen | 1940/9/15 | 1944/8/12 | ◎1938/11/15 起工 ◎1939/12/15 進水 ◎1942年1月13日、Z25は白海の西水路に機雷原を敷設するZ23とZ24を護衛した。 イタリアの封鎖突破船Himalayaは1944年4月9日にBordeauxから極東へ脱出を試みたが、ショート・サンダーランド 飛行艇に発見された。進路を反転したのち、ヴィッカース・ウェリントン爆撃機とハンドリ・ページ・ハムデン雷撃機に攻撃された。攻撃機5機が撃墜されたが、Z23は戦闘中に死者5名、負傷者31名を出した ◎1944年8月12日にLa Palliceに停泊中に14機のアヴロ・ランカスター爆撃機による攻撃を受けた。 ↑ランカスター ◎フランス海軍は1945年にこの船を引き揚げる。2年後に部品取りのためにシェルブールまで曳航した。1951年10月7日に廃船となり、そののち解体された |
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| Z24 | Z24 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z25 | Z25 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z26 | Z26 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z27 | Z27 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z28 | Z28 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z29 | Z29 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z30 | Z30 | AG Weser (Deschimag), Bremen |
※1936A(Mob)型
| 艦名 | NAME | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
| Z31 | Z31 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z32 | Z32 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z33 | Z33 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z34 | Z34 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z35 | Z35 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z36 | Z36 | AG Weser (Deschimag), Bremen | ||||
| Z37 | Z37 | Germaniawerft, Kiel | ||||
| Z38 | Z38 | Germaniawerft, Kiel | ||||
| Z39 | Z39 | Germaniawerft, Kiel | 1943/8/21 | ◎1940/8/15 起工 ◎1941/12/2 進水 ◎1944/1/7 竣工 ◎6th Destroyer Flotillaに所属 ◎就役後、この艦はスカゲラック海峡とカテガット海峡で機雷敷設作戦を開始し、1944年3月にフィンランド湾沖のRevalに移送された ◎1944年6月23日、Z39はPaldiski沖に停泊中にソヴィエトの爆撃機によって損傷を受け、Z28に護衛されてLibauに向かった。6月29日にLibauに到着したのち、Z39は修理のため、Swinemünde近くのPiast Canalを経由してキールに向かった。7月24日、キール港に停泊中、イギリス空軍がキール港を爆撃した際に爆弾が命中し、後甲板に損傷を受けたため、Swinemündeまで曳航される必要があった。Z39はZ44とZ45から流用した部品を使って修理された。Z44は7月29日のブレーメン空襲で損傷を受け沈没したが、上部構造は水面上に残っており、Z45は建造中であった。39は1945年2月28日に航行可能な状態に修理され、大規模な修理のためにコペンハーゲンへ向かうよう命じられたが、ナチス・ドイツの燃料不足のため、代わりにSassnitzへ向かった。この時、常に石油不足に悩まされていたドイツ海軍は、石油供給量が極めて低いレヴェルに達した。3月25日、 Z39の修理はSwinemündeで完了し、4月1日に運用を再開した ◎1945年3月以降、ドイツ海軍は、急速に西進するソヴィエト労農赤軍に先立ち、東部から数十万人の民間人と兵士を避難させる任務に着手した。Z39はこれらの避難作戦の多くに参加した ◎戦争終結後のある時点で、Z39はドイツ人とイギリス人の混成乗組員を乗せてWilhelmshavenへ航海し、そののち1945年7月6日にイギリスのプリマスへ向かった。7月12日、アメリカは同艦を拿捕船として主張した。同艦は7月30日にイギリスを出航し、8月7日にボストンに到着した ◎1945/8 ボストン海軍工廠South Boston Annexにて入渠(1、2、3、4、5、6、7) ◎1945年9月14日、広範な試験ののち、この駆逐艦はDD-939としてアメリカ海軍に就役した(1、2)。同艦はアメリカ海軍によって、高圧蒸気推進プラントなどの装備の試験に使用された。1947年11月、アメリカ海軍は同艦を旧式と判断し、フランス海軍に移管した。1948 年 1 月にカサブランカに到着したのち、同艦はToulonへ航海し、そこでDD-939はQ 128に再指定され、のちに部品が取り外されて、フランス駆逐艦クレベール Kléber(旧Z6 テオドール・リーデル Theodor Riedel)、オッシュ Hoche(旧Z25)、マルソー Marceau(旧Z31)の修理に使用された。フランスでの運用期間中に、同艦を稼働状態に復元しようとする動きがありましたが、成功しなかった。Q 128は、1964年にL'Orientにて解体されるまで、ブレスト近郊で掃海艇のポンツーンとして使用された |
Update 26/06/28